大変な苦労

四国電力は一般の人たちに電力の供給をするのに大変な苦労をしたようです。

こうした努力が重なり、大正末期には3800戸の人たちが電気をつけるようになりました。高知県は四国の中で3番目に電気販売が始まりました。四国において電気事業を始めたのは川崎幾三郎という人物でした。当初、水力発電の計画を立てていた川崎幾三郎でしたが、しかしこの事業には多くの資金が必要であるということをわかったため、今度は火力発電所を計画することになりました。そして高知市大川筋に50キロワットの火力発電所を建設しました。電柱と配電線が装備され、明治31年に700灯の電灯がつくようになりました。そして四国の中では愛媛県が最後に電灯がついたところとなりました。その事業を始めたのは伊予水力電気という会社です。その会社は電気事業のために水力発電所を建設しました。その水力発電所は明治、大正、昭和という時代に渡って電気を送り続けていきました。しかし昭和32年に老朽化のために廃止され、新たな発電所が設けられることになりました。このように各地で様々な事業者が電気販売を始め、そしてやがて四国電力統一されることになりました。エクスレーブ 楽天