年齢を重ねると”動く”ことが難しくなる

20代の半ば頃まで、自分の人生はほぼ自分だけのものだったし新しい場所に移っても仕事はいくらでもあった。新しいコミュニティーに入っていって仲間を作るのも難しいことはなにもなくて簡単にできた。40代になった今、なんとなく今でも昔のように身軽に簡単に身動きがとれると思っていたのだけど実際そうせざるを得ない状況になって改めて考えてみると、実はそう簡単に動けない(というか動く気にならない)ということを実感して驚愕してしまった。慣れというのは本当に怖いなと思う。安定と慣れは安心感はあるけれど、瞬発力を奪っていくものなのだろうか?

今日、相方が決断をしてきた。今のままでは進んでいけない、というか数ヶ月後には立ち往生することになることは目に見えている。前から薄々と感づいてはいたけれどどこか新しい場所、もしくはまったく新しい環境に変えていかないといけない時がきてしまった。

新しい場所に移ること自体はなにも難しいことはないのだけど、仕事でも友人関係でも今まで築き上げたものをまたイチから築き上げていくのかと思うと途方にくれる気持ちになる。実家のある地元に移ればいいのかな、とも思うけれど周りからいろんな意味での「出戻り」という目で見られることに小さなプライドが邪魔をする。それに友人関係も気心は知れているけれどあの頃から何十年も経っている今、あの頃と同じように付き合うのは無理に近いんだろうなと思ったりもする。

自分が十数年の間に築き上げてきたものは実はこんなにも大きいものだったのか、と感慨に耽る一方で今の状況にがんじがらめになって動けない自分。とりあえずは今できることからやるしかないのだけど、なんだか全てから取り残されているような気がしてなかなか前に進めない。なんだかどこかで読み聞きしたことのあるような状況がまさか自分にやってくるとは思っていなかったな。

そして今の自分が自分一人の人生ではない、というのがわかっているから余計に動けない。相方のことはとても大切だし悲しませたくない。でも今のままの状態では生活が成り立たない。明日はまた新しい1日、動かなければ現状はなにも変わらないままだから、勇気をだして小さな一歩を踏み出してみようと思う。昔の自分が勇気を出して一歩踏み出したように。動いていけば必ず何かが変わると信じて。

瞬発力だけが自分の強みだと思っていたのに、いつのまにか錆びついてたのかな。今からでもまだ磨きがかけられるかな。人には大きなことを言っておいて自分は動けない、というのではあまりにも情けなさすぎるからとにかく動き続けよう。ずーっと頭にかかっていた靄みたいなものを一気に晴れ渡らせることができるように頑張ろう。

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